タンデム・シート

2023年3月31日(金)、僕は自由になった。

だったら、4月1日(土)は、

どこへ行こうか・・・
何をしようか・・・

先週の終末は、雨だった。
今週末、この地域は・・・晴れの予報だ。
それなら土曜日の、いちばん、は・・・ 16歳の頃から決まってる。

ずっと雨だったから、止まったままの・・・
ダブル・オーバー・ヘッド・カムシャフト・・・ インライン4。
そうだ。僕の空冷四気筒DOHCエンジンに、火を入れよう。

右のリアショックからは、オイルが漏れてる・・・
30年モノだもの、壊れないほうが不思議。

空冷の四気筒エンジンが、当たり前に存在した時代があったことを、
聞き伝えではなく、原体験として語れるのは・・
もしかして、僕らの世代が・・・最後、なんじゃないか・・・?

30年を・・・さらに越えて、時はこんなに流れても・・・
きみの見た目は、なんにも、変わらない。

初めて出会った、あの日のままさ・・・。
タンクも、それから、エンジンも、まだ輝きを残してる。

でも、お互い、年齢を重ねた・・・。
ウソだろって・・・本気で、思うよ。
出会って、もう、30年・・・。

燃料チャージはキャブレターだから、駆けだすには十分な暖気運転が必要だし、
例え、オイルが熱くなっても、今はもう、1万回転以上は怖くて回せない・・・

きみを壊したくない気持ちは、もちろん、本当だけど。
僕も、もう、若くないんだ。身体がエンジンの回転数に追いつかない・・・
いつも、動きが一瞬遅れるのを感じる・・・それも、本当なんだ・・・。

僕だけの偏見かな?
きみが大好きな理由さ・・・

キャブレター吸気のエンジンには・・・、うまく言葉に出来ないんだけれど、
インジェクター仕様のエンジンには絶対にない、楽しさ があるんだ。
チョークを引いて、掛けるエンジンなんて・・・
もしかしたら今は、知らない人のほうが、多いんじゃないか。

「掛かるかな・・・?」って、スターターを廻す度に感じる、ドキドキ感。
そして、掛かった瞬間の、言葉にできない・・・うれしさ。

きみのエンジンに、もし、キックペダルがあったら、
エンジンを掛ける度に・・・僕は泣き崩れていた・・・かも、しれない。

こんなに好きなのに、
もう二度とラインアップされることのない・・・
空冷四気筒DOHCエンジン。

・・・だから、僕は、繰り返してしまう。

きみへの想いと、
過去と、
現在とが、
交差する時を。

雨の日に、火酒を片手に、これまでにいったい何時間・・・
きみのエンジンを眺めたことだろう。

晴れた日には、16歳だった・・・、あの日に還って。
きみのエンジンの咆哮を、何度、たまらない想いで・・・聴いたことだろう。

お互いに年齢を重ねた・・・だから、スライダーもありかな・・・って

こんなに美しい機械を、僕は他に知らない。
これを造ったひとは、いったい、どんなひとなんだろう。

焼けたオイルの匂いが好き

憧れてたんだ・・・

『あいつとララバイ』の研二くんの駆る『Z2』に・・・

僕のは・・・1990年2月発売の KAWASAKI ZEP400 Type C2。
オリジナルのメーターはC3以降のと違って、砲弾型じゃなかったから、
SUZUKIのバンディットのを、無理やり、くっつけた。
心配した車検も、このままで、通った!

正直、C3以降のオリジナルよりインパクトがあるんじゃないかな?
このメーター。あんまりないでしょう?
白い文字盤と、オレンジの指針の組み合わせが、好きなんだ。

別の日のスナップ。オイルが漏れていたリアショックをオーリンズに交換。

ミラーも角ばったノーマルのじゃなくて、
丸いZ2タイプのショートミラーに変えた。
おかげで、後ろは、なぁーんにも見えなくなったけど、気にしてない。
昔は、右側だけ付けてたけど・・・、規則では左もないとダメみたいだ・・・。

ウインカーは、オリジナルのはプラスチックが劣化して折れちゃったから、
一昨年、ずっと憧れてた・・・、小さなヨーロピアンタイプのに、替えた。

ステップは、BEET 工業の『スーパーバンク・バックステップ』
ノーマルのは、おとなしすぎたから、ステップ位置を少し後ろ、少し、上へ変えた。
タンデムステップが付くのが、うれしかった・・・。

彼女は、真夜中に一度だけ、乗ってくれた。
あれからタンデムは1回もしてないけど・・・。

ずっとセパレートだった・・・ハンドル。
取り回しと、何より車検がたいへんだから、今はノーマルに戻した。
あの頃は毎週末、上野のバイク街に、通いつめて、夢に見たカタチを探したんだ。

セパレート・ハンドルにしてた頃は・・・
トップブリッジ外して、ハンドル付けて・・・
タンクに干渉しないか、何度も確かめてから、ハンドル位置を決めて・・・

ウインカーやチョークの操作ユニットがセットできるよう、
そうだ。ハンドルに穴を開ける加工を、ドリル片手にやったんだ・・・。

ガレージのそこだけ、光が当たって、輝いてる感じだった。

組み上がったハンドルを握った、その瞬間。
今でも覚えてる。

きみと、ひとつになれた・・・気がした。

マフラーは、定番の、モリワキの直管。
焼けて錆びる度に、サンドペーパーをかけて、耐熱塗料を塗り直した・・・。
アクセルを開ければ・・・車検対応って、マジ、ウソだろ・・・ってくらいの・・・いい音。
3速、8000回転あたりのエキゾースト・ノートが最高・・・気持ちイイ。

雨の日は絶対に乗らないから、後ろのフェンダーは取り外した。
ナンバーを取り付けるための代替部品は、厚さ2mmのアルミ板を半日かけて、糸鋸で切り出して作った。気が遠くなるような作業だったけど・・・

すごく、楽しかったな・・・。

サイドカウルとシールも、テールカウルも、それから、尾灯も・・・
全部、Z2タイプの、それに、変えた。

もちろん、タンクのエンブレムは旧字体の KAWASAKI に。
古い両面テープはギター用のオレンジ・オイルで剥がした。

あの夜は・・・ ガレージの中が、いい匂いだったな・・・。

全部、よく見なければ、わからないけど。
自己満足だから、イイんだ。

オイルクーラーは、今はノーマルだけど・・・
前は EARL’S のそれを付けてた。
ホースの部品が劣化して割れちゃってから、交換して、そのままになってる・・・

認めたくなんか、ないけど・・・
そうだ、確かに、30年という「時」が、流れたんんだ。

時に、激しく、
時に、静かに。

きみが、赤茶けたサビなんて、まだ知らずに輝いてた、あの日から・・・

今は、もうお互いに、時代遅れさ・・・。でも、それでいいじゃないか・・・

永遠にとまるな・・・
きみの鼓動。

僕は・・・ きみが、大好きだ。

4月1日の空は、気持ちよく、晴れた

『タンデム・シートに乗らないか・・・』

 隣で、クルマのハンドルを握る彼女に、そう、聞いてみた。

『怖いから、イイ』

 きみは、覚えてるか・・・

 菜の花が、咲いてたよな・・・
 すごい、気持ちよかった。

 彼女が待つ場所へ、
 きみと走った・・・。

 あの日を。