心に決めたタイムリミットまで、あと 20 分。
胸に思い描いた、ピークが ・・・ ついに、見えた。

その右上の白点は「月」
そうだ・・・。あの頂きに立ちたくて、僕はここへ来た。
高度にして・・・あと 100 m ・・・ と、ほんの少し・・・ の ・・・ はずだ。
高度計の示度は、2300 m。

補正していないから、正確な値ではないが、真の高度に近い値であることは間違いない。
天候は 快晴。
風力 0。
リミットと決めた時まで・・・残り 20 分。
残り 20 分の距離にしては、少しだけ、遠すぎる・・・気がする・・・
せめて・・・、あと、30分。 あれば・・・
ただ、幸いなことに足元の雪は・・・ 固く、しまっている。
スノーシューの力を借りれば、潜るようなことはない。

おそらく、この辺りが森林限界だ。
もしかしたら、視界が広がったことで、そう感じるのかも・・・ しれないが。
今は、とにかく、前へ、前へ、進む。
トレッキングポールの有難みを痛いほど、感じる。
普段、平地を歩くときは、その必要性など感じないが、斜面を登攀する際は、いつの間にか、なくてはならないアイテムになったトレッキングポール。
今日使っているのは、先輩に借りた雪面用のバスケットの大きいタイプだ。
だから体重をかけても、ポールが雪面に潜るようなことはない。
腕の力を使い、言わば 4WD 的に運動できることで、足の負担は相当に軽くなる。
ザック サク・・・
ザック サク・・・
ザック サク・・・
雪を踏みしめる音と、トレッキングポールが雪面を刺す音が交互に響く。
登りが少し急になり、呼吸も次第に荒くなる。
歩幅を小さくして、低い階段を登るように細目にステップを切って進む。
汗が目に沁みて痛い。
( この斜面を越えたら、ザックからタオルを出そう )
そう思いながら登ること、しばし。
ようやく、急な斜面を超える。
ザックを雪面に降ろし、上部のポケットからタオルを取り出して、汗を拭く。
背に心地よい冷気を感じるが、それはザックを降ろした今、この瞬間だけだろう・・・。
気温はわからないが、ザックのハーネスに付けたペットボトルの水の冷たさがそれを教えてくれる。
滴り落ちる汗に反して、それは凍り付くように冷たい。
荒くなった呼吸を、少しでも落ちつけたくて、
乾きを感じないままに、ひとくち、ふたくち、みくち、
ペットボトルを傾ける。
時計を見る。
心に決めたリミットまで、まだ数分ある。
自らに、問う。
行くか、戻るか ・・・を。
今、ここにいるのは僕だけだ。
歩みを止めた瞬間に、感じた ・・・ 恐ろしいくらいの「静寂」
雪が、空が、すべての音を吸い込んで ・・・ 聴覚から得られるものが・・・ 何もない。

初めて、白馬岳の山頂に立った時、僕はまだ・・・16歳だった・・・
ほんとうに、なにも・・・ なんにも、聴こえない・・・。
風がないと、山はこんなにも・・・ 恐ろしいくらいに、静か・・・ なのか。
振り返り、もう一度、目指すピークを見る。
雪と、空と、僕と・・・
ピーク。
そうだ。胸に、思い描いた、約束の場所。
( ・・・ )
周囲の木立には、吹雪の爪痕が残されている。
昨夜の風の形、そのままに。
大丈夫。
この先、数時間、天候の急変は まず ない。
ならば・・・
( 行くぞ! )
決心した 僕は・・・
ピークへの新しい一歩を、踏み出した。

時計が、心に決めたリミットを告げている・・・
でも、ピークは、もう、すぐそこ だ。
( 登ったら、日没までに、高低差約 1000m を駆け降りる力だけ残っていれば、大丈夫。)
そう思いつつ、足元を見ると・・・
右足に履いたスノーシューの、靴のつま先を覆うプラスチック部品が壊れている。
だがスノーシューの結束バンドは、靴の爪先をしっかり捉えている。
( 大丈夫。外れはしない。 )
そう自分に言い聞かせ、雪を踏みしめる。
あぁ・・・ 遠く、月だけが、僕を見てる・・・
あと、もう少し・・・だ。

約束の場所からは、美しすぎる風景が、見えた・・・

そう、思うと、もう言葉が・・・何も、出てこない。
見える全てを、胸に刻む。
ただ・・・
登ったら、降りなきゃいけない。
それが、山との約束だ。
登ったら・・・ その想いを噛みしめている時間は、いつも、余りにも、短い。
陽は傾き、すでに時は心に決めたリミットを過ぎている。
これから日没までに 1000m 以上、降りねばならない。
( もう少しだけ、ここにいたい・・・ )
それが、ほんとうの気持ちだが・・・。
でも、もう時間がない。
もし、日が暮れたら、ライトはあっても、樹々に結ばれたルートを示すピンクのリボンを見つけるのは至難の業だ。どんなことがあっても、自己責任で日没までに人の住む世界へ降りなければならない。
ピークを示す山頂標識の上に誰かが置いたスノーマンに無言で別れを告げ、
僕は下りの一歩を踏み出した。
遥かなる麓へ・・・。
刻々と迫る日没。麓を見れば、山陰の雪は、白銀から、うす青く、その暗さを増しつつある。
気持ちは駆けているのだが、斜面を転がるように下降する僕は、実際はどう見えただろう・・・?
正直、下りが苦手だ。
これまでの山行で、そのことを嫌と言うほど思い知らされるシーンが何度もあった。
バレーボールなど、足の屈伸を繰り返すスポーツを過去に経験した人は、鍛えに鍛えたその足のバネを生かして、ほんとうに軽やかに、まるで舞うように山を駆け降りて行く。
( 無理だ。追いつけない。待ってくれないか・・・ )
そう感じたことは、1度や2度ではない。実際、下山のタイムリミットが決まっている、つまり、帰りの電車やバスの発車時刻が「絶対に遅れてはならないリミット」として下山予定時刻に組み込まれている場合など、心底、泣きたい気持ちを味わった山行もあった。
ただ、この差は普通のトレーニングでは、そう簡単には埋まらない。
なので僕は、グループで登山した際の下山では、いちばん遅い人の後ろを定位置に決めて、グループの最後尾を歩き、自分だけが遅れて全体の行動に迷惑をかけることがないようにしてきた。
でも、今日の山行は違う。
日没を別にすれば、下山予定時刻のリミットもない。
このように、気持ちがラクだったせいなのかもしれないが・・・。
今日の僕は、降りに、降りた。
日没が近くなり、気温がさらに下がったためか、木陰に入ると染み入るような寒さを感じる。
若干、風も出てきたようだ。正面から吹いてくるから・・・ 風向きは、西風か・・・
雪面はさらに固く締まり、スノーシューから登りの時とは明らかに異なる感覚が伝わってくる。それは「ザクッ」ではなく、「バリッ」・・・と、その表面を割るような感覚だ。
一方、日当たりのよい場所は雪がクサっていて、スノーシューが大きく滑り、何度か転んで雪まみれになる・・・ が、しかし、樹林帯の中などでは雪は程よく締まっていて、そのような心配はなく、いつもなら躊躇するような急斜面も、そのすべてをジャンプを繰り返すようにして通過する。
それは、正直、降りたって言うより、
落ちたって感覚だった・・・。
そして、麓に日没が訪れた頃・・・

僕は、目標地点まで、無事、下山することができた。
「人は、なぜ、山に登るのか・・・?」
ふと、そう思い、答えを探せなくて、苦笑する。
答えは・・・、人、それぞれでいい。
僕に限って言えば、答えはなくても いい。

振り返れば、空に、その白さを増した月が見えた。
月が微笑んでくれた、気がした・・・
38 万km 彼方で。
僕は、いつまでも、きっと・・・ この景色を忘れないだろう・・・。
もしか、したら・・・
それが、僕が山に登る「理由」かな?
僕に限って言えば・・・
うん・・・。
答えなど、なくても いい のだ けれど・・・
僕を包む、すべてに・・・
そう・・・。
答えなど・・・
何一つ、なくても いい のだ けれど・・・。