樹林帯を抜けると、そこからは5月の残雪が輝きながら、僕を待っていた。
【もくじ】
1.軽アイゼンを選ぶ
2.左膝の違和感
3.装備をチェック
4.出発
5.切れたバンド
6.先輩の言葉
7.オベリスク
8.エピローグ
1.軽アイゼンを選ぶ
先輩に修理してもらったスノーシューは、今回は家に置いてきた。昨年のこの時期、今回目指すピークのふたつ隣のピークを目指した際、日当たりの良い斜面で、完全にグシャグシャになった残雪を経験したことを思うと、それを使いたい気持ちはあるにはあった。その気持ちに嘘はないのだが。
三歩に一歩は、足が深く雪面に潜り、転ばずに十歩以上は歩けなかった・・・ 去年の春山の記憶。
今回の計画に際し、もし、今年も雪があの状態であれば、スノーシューも期待した程には役立たないのでは・・・ と思ったこと、及び、今回目指すピークは自宅からそれなりに遠方にあり、スノーシューを運ぶこと自体が手間になること、かつ、テント場からスノーシューが必要になる高度まで、それを運ぶ距離を考えると、スノーシューを使う(運ぶ)メリット以上に、体力的な面で、それを使わない(運ばない)メリットの方が大きいと思えたのだ。
・・・とは言え、雪への備えは必要。スノーシューを選択しないのであれば、カンジキは持っていないので、残る装備品はアイゼンしか、ない。
ただ、ホンモノのアイゼンは重い。それが必要となる高度までの距離と、雪の状態を思うとホンモノのアイゼンを装備するメリットは相当に薄れる・・・。雪対策が必要な高度は森林限界を超えてから 300 m程度のはずだ。そう考えた僕は、様々に悩んだ結果として、軽アイゼンを持参することにした。
本当ならばここで、持参する軽アイゼンを、実際に今回使用する登山靴に装着して、その相性を確認しなければならない。
そう、・・・確認しなければ、ならないのだが・・・正直に言うと、持参する予定の軽アイゼンの登山靴への試着を今回、僕は行わなかった。
昨年もこの時期に同型の軽アイゼンを使用したし、装着法も分かっているので、現地で、もし必要になったら、装着すればいいだけのこと。装備品として忘れずに持参さえすれば「何の問題も起こらない」・・・ と、僕はそう信じ込んでいた。
山行前に入手した今年の残雪の状況は少なそうだったこともあり、もしかしたら、アイゼンを使わなくてもいい状況かもしれないとさえ、考えた。まさか、そのことが後で大きな問題に発展するとは、この時、僕は思いもしなかった。
2.左膝の違和感
実は、今回の山行で、僕の中には雪への対策以上に大きな不安があった。もちろん、山行自体をキャンセルすれば何の問題もないのだが、その選択肢が僕の中に「ない」以上、すべては「行く」という前提での話になる。
この春先から両ひざに何か違和感があり、特に左膝のそれは登山予定日にセットされた時限爆弾であるかのような思いがして、こちらも TSL205 の修理の先輩から教えてもらったPという商品を爆買いして朝晩飲もうと冷蔵庫に数パックを保管・・・ したまではよかったのだが、それを一緒に暮らしている人が見つけ、「賞味期限までに飲み切れないでしょう。1日1本で十分です。実家の母もひざが痛いと言ってるので、母の日のプレゼントにします。」と最高の理由付きで、先輩から教えてもらったPは冷蔵庫から2パックが消え・・・
そんな想定外の試練を乗り越えて、P を1日1本、飲み続けてはいたのだが、違和感の解消には至らないまま、出発の日を迎えることに・・・
3.装備をチェック
電車に揺られること、数時間。星空の下に張ったテントの中で迎えた 20:45、持参した装備を最終点検。ライトが照らし出す物品を一つ一つチェックする。
僕は、ごく薄い、耐水性のある、軽い布で出来た、濃いオレンジ色のポーチを緊急用装備品入れとして活用している。様々なものが入っているが、ただの一度も活用したことのない物品も数多く混じっている。山行の度に、持って行くかどうか、真剣に悩んで、その都度、選択してきたものばかりだが・・・。
今回はいつも以上に膝に不安がある。わずか数グラムでも軽さを優先したい。塵も積もれば・・・の例えの通り、わずか数グラムであっても、その積み重ねが背負う荷を例えようもなく重くするのだ。
登りと降りの連続した・・・ 木の根っこや、泥んこの、あるいは岩石が作る自然の階段を 10 km 以上歩いた時に感じる荷の重さは、疲れを知らない時に想像するそれとは比べものにならない。
( 明日、僕は、これまで経験したことのない距離を歩く・・・。だから、少しでも、軽く・・・ )
そんなことを思いながら、装備品を選別する中で、ふと、目に留まったものがあった。
『細引き』
今まで現地で使ったことは1回しかない。地面が固すぎてペグを打ち込めなかった際、フライシートのペグを引っ掛ける紐を延長して、岩に結ぶために切って使用したことがあるだけだ。今回持参したものは、その時の余りを巻き直したもので、前回使用した紐はフライシートに結び付けたままだし、今回、もし、それが必要になったとしても、前回の使用分がそのまま利用できる。その他に細引きが必要になるシーンがあるとは思えない。そう思った僕は、今回、細引きをテントに残して行くことに決めた。
これで数十グラムだが、荷は軽くなった。
もうひとつ、目に留まった物品があった。『結束バンド』だ。
「何年も使った登山靴は山で突然、底が剥がれることがある。そんな時、役立つのがコレなんだ。あるとないとでは大違い。荷物の中に必ず入れておいた方がいい。」
思い出したのは、僕のスノーシューを修理してくれた大好きな先輩の言葉だった。
僕は、6本の結束バンドを入れたビニール袋を持って考えた。6本としたのは左右2本ずつで4本に予備をそれぞれ1本ずつ加えての数字。持参する量としては、これで十分だと思えたが、それ以前に、僕の靴は去年買ったばかりの靴だ。今回の山行で壊れるとは到底思えない。山行前に防水性能を維持するため、靴の手入れをした際にも、靴に問題点は何一つ発見できなかった。
( いらないか・・・ )
毎回、そう、繰り返してきた自分への問いを、今回もまた繰り返した・・・ その時、
「 外したら、ダメだ。 」
なぜか、大好きな先輩の声が聴こえた気がした・・・。
今回の山行で、それが必要になるとは思えない。でも、尊敬する先輩は、「必ず持参せよ」と言ってる。これまで、ずっと、先輩の言葉を信じてきて、何一つ、間違いはなかった。
わずか、数グラム。
( S さん。僕は、あなたを、信じる。 )
そう、決心した僕は、結束バンド6本を明日持って行くオレンジ色のポーチに、そっと入れた。
4.出発
目覚ましは、その必要性を感じなかったのでセットしなかった。
予定通りの時刻に目覚めた僕は、装備品を最終点検。テントはここに張ったまま、シュラフや着替え、その他不要な装備はテント内に置いて行く。ただし、防寒用のダウンジャケットだけはザックの中へ。真水は1L。ペットボトル飲料3本。ヘッドライトの点灯と明るさを確認し、予備電池3本をもう一度、ポーチの中に見る。
予備電池3本は、もちろん、朝用ではない。日没までにここに戻ることが出来なかった・・・ 万一の事態に備えての準備だ。
「 あの山の下りは長い。日が暮れて、同行者のヘッドライトの光量が足りず、道を見失って・・・ 」
ここでもまた、先輩の言葉を思い出す。経験は絶対だ。そこに嘘はない。
今日の予定も再確認。
04:00 出発。12:00までに登頂。下りに5時間 20 分。日没は 18 時 38 分。行動が困難となる時刻までに数字上の余裕は、1時間以上ある。
夜半から3時ころまで降っていた雨は、今は止んでいる。
樹木の隙間にまたたく星が見える。
( 上は風が強そうだ・・・ )
風が枝を揺らす度に雫が落ちてくる。
頬に当たるそれは、驚くほどに冷たい。
スマートウォッチのルート案内を ON にして、僕は行動を開始した。
5.切れたバンド
日の出は 04:48 。行動開始後、すぐにヘッドライトは不要になる。1500 万年前の地殻変動で誕生したという花崗閃緑岩の大地を僕は順調に踏みしめて進む。この深成岩類は大量の捕獲岩を含んでいる。日本列島が折れ曲がる程に激しかったという、その地殻変動を思いながら、僕は高度を稼いでゆく。
登りはかなり急だ。スマートウォッチの高度計の数字はぐんぐん上がるが、残りの距離を示す数値はほとんど減らない。
( 登りの行動は正午まで。その時、ピークにいなければ、引き返す。 )
胸の中で、そのことを何度も、何度も、繰り返す。その都度、左膝に関心が集まる。大きく屈伸すると違和感がないわけではないが、今のところ、歩く分には痛みなどの問題はない。そのことが何よりの救いだ。
谷間の樹々を揺らす風はかなり強い。森林限界を超えたあたりから、行動に影響が出そうだ。ザックの中に入れてあるシェルジャケットが役に立つだろうか・・・
F 社製のそれは、びっくりする程、高価だったが『オールシーズン対応のミッドシェルで、防風性・透湿性に優れ、ストレッチ性が高く快適な着心地を提供する』という。今日はその性能を試す絶好の機会になりそうだ。
所々で左手側に大小さまざまな滝を見る。谷間には巨大な花崗閃緑岩が転がっている。岩石と言えばその色は黒と思いがちだが、こんなにも白い岩もあるのだ。その岩間を轟音を立てて水が流れ落ちて行く。雪解け水だ。その冷たさはどれ程だろう・・・
ふと気がつくと、先ほどから、ずっと同じ鳥が鳴いている・・・
まるで、僕の後を付けてくるかのようだ。鳥語がわかればどれほど面白いだろう。分かったところで、もしかしたら、それは恐怖の言葉かもしれないが・・・
膝の状態だけは気がかりだが、そんな様々なことを思うほど、今日の僕は体力に余裕があった。
( もしかしたら、正午前に登頂できるかもしれない・・・ )
そう思い始めた頃、残雪が残る高度に達し、足元の岩石を覆う樹々の根に残る雪は、固い透明な氷となっていて、非常に滑りやすくなっていることに気づく。
( ここで軽アイゼンを付けよう )
そう考えた僕は、登山道がやや広くなった場所でザックを降ろし、軽アイゼンを取り出した。
靴を履くときのクセで、左足側から装着。昨年は少し手間取ったが、今年はスマートに作業が進む。左足側の装着が完了。続けて右足側を登山靴にセット。まず足の上側を覆うゴムバンドを締める。一発で決まる。次は踵側のバンドだ。少し長さが足りないようで、引っ張ってもフックが穴に届かない。予め試着して調節しなかったためだ。長さの調節金具部分を確認、ゴムの長さは幾分長く出来そうだ。僕は、調節金具部分のゴムを出し入れして長さを調節(少し長く)し、試しにフックを引いてみた。その時、右足内側の外れないように予め固定されている金具に挟まれたゴムの付け根が・・・ 切れかけている・・・ ように見えた。
( 南無三。頼む、切れないでくれ! )
そう願いながらフックを引いた時、事故が起きた。
軽アイゼンを固定するゴムバンドがその根元から、切れて、しまった・・・
6.先輩の言葉
切れたゴムバンドを手にして、僕は言葉を失った。
( どうしたら、いい? )
ここで軽アイゼンをきちんと修理することは不可能だ。代替部品も、工具もない。
( まず、落ち着こう! )
そう、自分に言い聞かせる。こんな時、焦って取る行動はほとんどが間違いだ。
そう思った僕は、一度、大きく深呼吸してみる。そして、気持ちを落ち着けて、考える。
( 上側、つまり足の甲側のフックは生きている。これだけで行けないか? )
( それは、恐らく、無理だ。設計上の強度が半分になり、やがて、必ず、外れる・・・ )
( 代替部品はない。)
いちばん先に脳裏に浮かんだのは、細引きだが、その細引きはテントに置いてきてしまった・・・
後悔で胸が痛くなる。あれさえあれば、何とかなったのに・・・
でも、今はそれを百万遍繰り返しても、どうにもならない・・・
( なぜ、試着しなかったのか・・・ )
「事故」という言葉の意味を始めて知った思いがする。
試着する「事」を、しなかった「故」に、起きてしまったこと。
( 後悔ではなく、これを教訓にするんだ。今は前向きになろう・・・ )
今度から、装備品は必ず試着する。そう、自分と絶対の約束を交わす。気持ちが少しだけ、前向きに切り替わった。
( 手持ちの物品で、他に使えるものは・・・ )
そこで、ようやく僕は先輩の言葉を思い出せた。
それを・・・ 今まで1度も使ったことがなかったから・・・ 思い出せなかったのだ。
「 靴の底が取れたときは、結束バンドを使うんだ 」
( そうだ。結束バンドがあった! )
緊急用の装備を入れた濃いオレンジ色のポーチの中に、それはあった。
結束バンドを手にして考える。
( どう使ったら、いい? )
結束バンド1本分の長さでは、到底、足りない。軽アイゼンの左側の穴から登山靴の踵を周って右側の穴へ、結束バンドを上手く廻すには・・・
何となく2本のバンドを繋いでみる。
「 この穴にバンドを通して締めると・・・ 」
「 しまった! 外れない。」
だから結束バンドって言うんだ。何やってるんだ。これで6本のうち2本が無駄になった。残りは4本しか、ない。
その時、なぜか、大好きな先輩が心を込めて修理してくれた あの TSL205 が脳裏に浮かんだ。
先輩は2本の細引きで、それぞれ環を作り、その環を TSL205 の左右の金具に固定、その環と環の間に 100 均で購入した長さ 60 cm荷締めベルトを通して・・・
( そうだ。あれを真似しよう! )
僕は、まず、軽アイゼンの左側、切れたゴムバンドの固定金具だけが残った側に結束バンドを通し、適当と思われる大きさで時計回りに環を作った。続いて反対の右側、こちらは反時計回りに環を作る。取り敢えず、ザックのハーネスから外した・・・ ペットボトル入れを固定するために結んでおいたナイロン製の・・・ 紐で環と環を結んで踵に固定してみる。いい感じだ。なんとかなるかもしれない。
( この紐は保険として残したまま、荷締めベルトでしっかり固定する )
思わず笑みが浮かぶ。心の底から、先輩に感謝する気持ちが込み上げてくる。
自宅で装備品をパッキングする時、ザックの外側に 60 cm の荷締めベルトを2本付けておいた。だから、当たり前のように、それは、そこにあった。この安心・安堵感こそ、言い付けを守ったことに対する先輩からのプレゼントに違いない・・・ そう感じつつ、そのうちの1本を取り外す。
「 結んで締める。これがいちばん確実な方法なんだ。」
先輩の言葉を反芻しながら、軽アイゼンに結んだ結束バンドの環と環の間に荷締めベルトを通し、軽アイゼンが外れない適切な強さで締め上げる。さらに、保険のつもりで残した紐の方も解けないように結ぼうとしたが、肝心な・・・ その解けない結び方がわからない。舫い結びは知ってるが、この場合、適切ではないようだ。携帯電話で動画検索・・・ そう思ったが、僕の携帯電話のキャリアの電波はこの山域では使用できなかったことを思い出し、携帯電話に伸ばしかけた手を止める。ここでは僕の携帯電話は、カメラとしての役割しか果たさない。
( そうだ。記録に残しておこう! )
転んでもタダでは起きなかった何よりの証拠だ。そう思った僕は、右足にようやく装着できた軽アイゼンの写真を数枚、撮影した。もちろん、後で先輩に見せるためだ。

(この写真では、まだ、左(内)側の結束バンドの先端部分が残っている)
【追記】
今、こうして写真を確認すると、写真に写っているのは、荷締めベルトで補強する前の状態のようです。記憶の中では、最終的な完成形を撮影したように思うのですが、やはり、自分的にはかなりの緊急事態だったので、この時もまだ動揺があり、混乱していたのかもしれません。落ち着いて行動したように思っても、あらためて人間・・・というか、自分の弱さを感じました。上記の文言の訂正も考えましたが、その時の僕の状態を正確に記録するには「訂正しない方が良い」と考え、そのままにしました。
以下の写真がテント場に戻ってから撮影した完成形です。

いつ切れたのか、まったくわかりませんが、結束部の外側だったのが幸いでした。
(アイゼンの左には切れたゴムバンドの固定金具部分のみ、残っています)
この事故によるロスタイムが気になったが、片側アイゼンで歩くより、この方がずっと安全だ。同じ命がけの遊びなら、安全な方を選ぶのが当然だ。
アイゼンの効きを確かめながら、僕は行動を再開した。
7.オベリスク

今日のゴールがついに見えた。
写真の撮影時刻は 10:50 a.m. 心に決めたタイムリミットは 12:00。残りは時間との競争だ。
時計が廻るのが早いか、僕がオベリスクの向こう側の世界を見るのが早いか、答えは2つに1つ。
標高 2,764 m まで続く、自分との戦いだ。ここまで来て、負けるわけにはいかない・・・。
足よ。どうか、僕を誘ってくれないか。
遥かなる、あの場所へ。
オベリスクよ。心有らば聞いてくれ。
きみが見ている風景を、僕は、きみとふたりで見たいんだ・・・。
でも、風が・・・
風が、強すぎる・・・

天候は晴れているが、出発時、瞬く星を見て予想した通り、強風が時折り吹いてくる。「吹き荒ぶ」のではなく、思い出したような吹き方の風だ。「吹き荒れてない」のは救いだが、ただ、その時折り吹く強風は一気に体温を奪って行くほどに冷たい。半袖の汗をよく通す速乾性の下着に、こちらもまた通気性に優れた長袖の行動着1枚では、到底、耐えられない。時間は惜しいがザックを降ろし、素早く F 社製のシェルジャケットを取り出して、身に纏う。
一気に表面体温が回復する。このシェルジャケットは、細身のせいだろうか、風によるバタつきも少ないようだ。胸のワンポイントの他は、一切の装飾を廃して性能だけを追求したのだろう。この高価なオールシーズンに対応したジャケットは、山での必需品になりそうな気がする。
風の息が強まった。風化した花崗岩が礫(つぶて)となって飛んでくる。
頬が痛い。
冗談じゃない。僕が暮らしている街では、通常、風で、石は飛ばない・・・ 。
あぁ・・・ タイムリミットだ。
空が、きれい。

最後の力を振り絞って、登る。
この壁の向こう側を見たかったんだ。
喘ぐように、息をしながら・・・ 僕が、見た
壁の向こう側は・・・

理由・・・ など、ない。
この景色が見たかったんだ・・・

振り返ると、月が見えた・・・

きみと、月を見た・・・
うん。もう十分だ。
まだ、帰りの道が残っている。
長い、ながい・・・ 道だ。
新しいタイムリミットは、日没。
それまでにシュラフを残した僕のテントへ戻らねばならない。
大丈夫。
右足の軽アイゼンは、外れない。
戻ったら、先輩に話すんだ。
今日、僕に、起きたことを・・・。
8.エピローグ
この山行では、この後の、長いながい降りの道でも生涯忘れ得ない出来事がありました。
まったくの偶然から、僕はある人と一緒に山を下りることになります。
その人との物語も、いつか、ここに残せたらいいな・・・と、思います。
拙い山行記録をここまでお読みくださいましたこと、心から感謝申し上げます。
ほんとうに、ありがとうございました。
【お願いとお断り】
この記事で紹介した軽アイゼンの修理方法は、あくまでも緊急の事態に際して応急的にとった措置であり、それを推奨するものではありません。同様の事故が起きた際に、私と同じ方法で軽アイゼンを修理されたとしても、その効果は保証できません。軽アイゼンの修理・装着後、登り2時間及び下り5時間30分(安全のため残雪帯を過ぎた後も軽アイゼンを装着したまま、テント場の直前まで下りました)の合計7時間半、私の軽アイゼンが外れなかったのは、単に、偶然と幸運であったことを申し添えます。