決して、思い込みではなく、僕が気づいてしまったことが正しかったら、
僕は、どう行動したらいいのだろう。
きみは、まだ気づいてさえいない。
ほかの誰かに説明したくても、きみと僕ですら共有できないことを、
ほかの誰かに説明して理解してもらえるなんて、僕には到底思えない。
ただ僕は、この「心の共鳴」をきみの代わりに言語化することができる。
つまり、僕は いま、きみが歩く道の かなり先を歩いてる・・・
違う・・・な。かなり先で、立ち止まり、振り返って、僕は きみを待ってる。
きみに駆け寄って、肩を貸してあげたくても、それは出来ない。
きみが自分で考えて、自分で決めて、自分で歩くしかないからだ。
僕に、今、出来ることは・・・
ここで、きみを待つ こと。
ゆっくりで、いいよ。
あせらなくて、いいよ。
僕は絶対に待っていてあげる。
きみを待っていてあげる。
きみが転んでも、僕の手は貸せない。
きみが泣いても、その涙は拭えない。
でも、僕は きみを、ここで、待ってる・・・
待っていてあげる からね。
僕が待つ時間は、きみが歩く時間。
そして、それは、きみにとって必要な時間なんだ。
そう信じて、追いついてくる、きみを待ってるからね。
必ず、待っていてあげる からね。
